商品を買う前に、口コミを見る。
今では当たり前のことになりました。
Amazonでも楽天でも、商品ページを開けば、星の数と大量のレビューが並んでいます。
私も口コミは見ます。
でも、改めて自分の買い物を振り返ってみると、不思議なことに気づきました。
本当に欲しいものほど、私は口コミをほとんど見ていないのです。
口コミを一生懸命読んでいるのは、むしろ「買おうかどうしようか」と迷っている商品でした。
この違いは何なのだろう。
考えてみると、私は口コミそのものを「正解」として見ているわけではないようです。
本当に欲しいものは、口コミを見る前に決まっている

「これ、欲しい」
そう思った商品については、私はあまり口コミを見ません。
自分では、これを「右脳で買っている」と考えています。
もちろん、右脳・左脳という脳科学の話をしたいわけではありません。
理屈を並べて判断するより先に、
「なんかいい」
「これを使ってみたい」
「自分の生活にあったら楽しそう」
と、気持ちのほうが動いているという意味です。
そういう商品に出会ったときは、
価格はどうか。
評価は何点か。
他の商品と比べてどうか。
と考え始める前に、すでに心の中ではかなり答えが出ています。
極端に言えば、あとは「買う」ボタンを押すだけです。
一方で、口コミを何ページも読んでいるときは、まだ自分の中で決まっていません。
だから私は、口コミとは「欲しいものを決めるためのもの」というより、迷っているときに判断材料を増やすためのものなのだと思っています。
最初に見るのは、レビュー数と平均点
口コミを見るとき、私が最初に確認するのはレビュー件数と平均点です。
ただし、一つひとつの口コミをすべて信用しているわけではありません。
むしろ一般のレビューは、一人の意見として読むより、
大勢が集まったときに、どんな傾向が出ているのか
を見るために使っています。
10人が評価して星5の商品と、3,000人が評価して星4.4の商品。
数字だけではどちらが優れているとは言えませんが、レビュー数を見ることで、その評価がどのくらいの人数からできているのかは分かります。
私にとって平均点とレビュー数は、「答え」というより最初に見る地図のようなものです。
そこから少し詳しく中身を見ていきます。
低評価は「何に怒っているのか」を見る
私は低評価も見ます。
ただ、星1が付いているからといって、すぐに「悪い商品なんだ」とは考えません。
まず読むのは、
その人は、何に対して低評価を付けているのか。
です。
たとえば、
「箱がつぶれていた」
「届くのが遅かった」
「店の対応が悪かった」
という口コミだったとします。
確かに、その人にとっては不満の残る買い物だったのでしょう。
でも、それは商品の品質そのものとは別の話です。
私は低評価を見るとき、
商品への評価なのか。
お店への評価なのか。
配送への評価なのか。
をできるだけ切り分けて考えます。
星1という数字だけを見ると全部同じですが、その理由を読むと意味はかなり違います。
これは口コミを見るときに、私が意外と大事にしているところです。
信じたくなるのは、「本当に好きなんだな」と感じるレビュー
レビューを読んでいて、ときどき文章から熱が伝わってくることがあります。
別に文章が上手いわけではありません。
むしろ少し長かったり、まとまりがなかったりする。
それでも、
「この人、本当にこれが好きなんだな」
と伝わってくるレビューがあります。
そういうレビューは気になります。
実際に使った人だから書ける細かな話があったり、自分なりの使い方が書かれていたり、商品説明には載っていない部分に触れていたりするからです。
ただし、褒めていれば褒めているほど信用するわけでもありません。
「最高です」
「絶対おすすめです」
「悪いところは一つもありません」
と褒め言葉だけが続くと、私は逆に少し距離を取ります。
最近は、文章が妙に整いすぎていて、
「これ、本人が本当に書いたのかな」
「AIで作った文章っぽいな」
と感じるレビューもあります。
もちろん文章だけで、本当にAIが使われたかどうかは分かりません。
だからAIかどうかを見抜こうとしているわけではありません。
私が知りたいのは、
この人自身の体験や気持ちが、文章の中にあるかどうか。
なのだと思います。
細かいことを見ているのか、本質を見ているのか
もう一つ、レビューで気になることがあります。
その人が、
商品のどこを見ているか。
です。
細かな傷。
梱包。
ボタンの位置。
数ミリの違い。
もちろん、それが重要な商品もあります。
でも、それだけでなく、
「この商品によって生活がどう変わったのか」
「なぜこの商品を気に入ったのか」
「他の商品とは何が違うと感じたのか」
といった、目には見えにくい部分について書かれているレビューを見ると、私は少し立ち止まります。
有形のものだけではなく、その奥にある無形の価値を見ている人の文章には、ときどき思いがけない発見があります。
それまで自分がまったく見ていなかった方向から、
「この商品には、こんな見方もあるのか」
という意見が飛んでくる。
そういうレビューに出会うと、
「おっ」
と思います。
私が口コミに期待しているのは、もしかするとこういう瞬間なのかもしれません。
自分と同じ意見を探すことではなく、
自分にはなかった視点を一つ増やしてもらうこと。
100人の知らない人より、考え方を知っている1人
そして商品を選ぶとき、私が一般の口コミ以上に参考にするものがあります。
それは、
普段から信頼している人の情報です。
好きな発信者やインフルエンサーなど、その人が日頃からどんなことを考え、何を大切にしているのかを知っている場合、その人の商品紹介はかなり参考にします。
なぜなら、一つの商品に対する評価だけではなく、
その評価をしている人の背景まで分かっているからです。
「この人は普段こういうものを大切にしている」
「こういうところには厳しい」
「流行っているから何でも褒める人ではない」
そうした積み重ねがあると、一つの商品について語った言葉にも重みが出てきます。
知らない100人の「おすすめです」より、考え方を知っている1人の「これは良かった」のほうが、私には参考になることがあります。
それでも、その人と同じものを買うとは限らない
ただし、信頼している人がおすすめしたからといって、全部買うわけではありません。
そもそも、すべての好みが自分と一致する人などいないと思っています。
食べ物の好みも違う。
お金をかけたい場所も違う。
生活環境も違う。
そして何より、必要になるタイミングが違います。
その人にとって今必要なものが、自分にも今必要とは限りません。
だから、
「この人は信頼している。でも、これはいらない」
ということは普通にあります。
人を信頼することと、その人の選択をそのまま自分の選択にすることは別の話です。
最後に見るのは「正しい商品か」ではない
口コミを読んでいると、
「本当に効果があるのか」
「どの商品が一番いいのか」
「みんなはどれを選んでいるのか」
と、つい正解を探したくなります。
でも、私は商品を選ぶとき、最後はそこではない気がしています。
一番大事なのは、
「これは、本当に今の自分に必要なのか」
です。
世間で評価が高くても必要ないものはあります。
逆に、評価がそれほど高くなくても、自分には妙に響くものがあります。
信頼している人がおすすめしていても、今はいらないこともある。
その一方で、誰にもすすめられていないのに、どうしても欲しくなるものもあります。
だから口コミは、最終決定をしてくれるものではありません。
私の場合、口コミを見る目的をまとめると、こんな順番になります。
- まずレビュー数と平均点で全体を見る
- 低評価は「商品・店・配送」を分けて読む
- 本当に使った人の熱量があるかを見る
- 自分になかった視点があれば拾う
- 信頼している人の意見も参考にする
- 最後は「今の自分に必要か」で決める
口コミをたくさん読めば、絶対に失敗しない商品を選べるわけではありません。
人が違えば、暮らしも、好みも、価値観も違うからです。
だから私は、口コミを「答え」として信じるのではなく、
自分で選ぶために、見る角度を増やしてくれるもの
として使うくらいがちょうどいいと思っています。
商品を選ぶ最後の一票だけは、知らない誰かではなく、自分が持っていたい。
口コミを見るようになった今だからこそ、そんなことを思います。


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